テレフォン人生相談 2025年11月26日 水曜日
パーソナリティ: 玉置妙憂
回答者: 和田秀樹(精神科医)

こんにちは、悟(さとる)です。
本日はテレフォン人生相談から、お嫁さんの「無口」と「礼のなさ」に寂しさが積もってしまった母親の相談です。
不満を言い切れないまま、心の奥がじわじわ冷えていく感覚。
家族だからこそ、距離の取り方が難しくなることがあります。
今回は、その「引っかかり」の正体をほどいていく回でした。
■「実家には送るのに、私はゼロ」——寂しさの芽生え
相談者は71歳の女性。
夫に先立たれ、近くに住む息子夫婦と行き来があります。
息子は月に3回ほど顔を出し、相談者はそのたびに惣菜を作って持たせ、お正月には重箱に詰めた料理まで用意してきました。
息子は「おいしい」と言ってくれる。
そこまでは、むしろ温かな往復です。
ただ、気になり始めたのは「お嫁さん側の反応」でした。
お嫁さんは自分の実家に、父の日・母の日・誕生日・お中元・お歳暮など年6回の贈り物をしている。
それ自体を責めたいわけではないのに、相談者の胸に残ったのは「自分には一度もない」という落差でした。
さらに、惣菜を持たせても「ごちそうさま」も「ありがとう」も、本人からは聞いたことがない。
息子が「喜んで食べていたよ」と伝えてくれても、欲しいのはやはり本人のひとことだったのです。
■玉置妙憂さんの確認「本当は、言ってほしいのでは」
玉置妙憂さんは、相談者が何度も「別にいいんだけど」と言いながら、心が晴れていない点を丁寧に拾います。
そして、遠慮の奥にある願いを、やわらかく言葉にし直しました。
自分でも認めづらいけれど、「言ってほしい」気持ちがある。
その本音を見ないまま我慢を重ねると、気持ちはさらにこじれやすくなります。
ここで大事なのは、相談者の寂しさが「わがまま」かどうかではありません。
誰かに何かをして、見返りを要求したいのではなく、関係の中で自分の存在がふっと薄くなる瞬間がつらい。
そういう寂しさは、年齢に関係なく、静かに人の心を削っていきます。
■和田秀樹先生の見立て「悪気ではなく、不器用さ」
和田秀樹先生がまず示したのは、意外な方向でした。
お嫁さんが義母を嫌っている、あるいは息子が実家に行くことを「マザコンだ」と怒っている、そういう図ではなさそうだ、と。
もし強い拒否感があるなら、息子が月に3回も実家へ行き、手料理を持ち帰って「おいしい」と言って食べること自体に、もっと露骨な反発が出やすい。
そこが見えない以上、敵意と決めつけないほうがよい、という読みでした。
そして先生は、「無口な人」によくある特徴を挙げます。
返事が少ない。お礼の言葉が出ない。メールの返信すら遅いことがある。
けれどそれは、悪意というより、表現の技能が弱い場合がある、と。社交の「芝居」が上手な人もいれば、そういう振る舞いができない人もいる。
お嫁さんは後者なのではないか、というのが先生の見立てでした。

■「実家にはできる」の理由——身内だけに力を使える人
相談者が強く引っかかったのは、年6回の贈り物です。
「無口で不器用」なら、実家にも同じように不器用なのでは、と感じてしまう。
でも和田先生は、そこにも説明を置きます。
長い時間を一緒に過ごした親や兄弟には、付き合いの土台がすでにある。
気を遣う手順も、迷いも少ない。
だから、挨拶や贈り物といった行動が「できる側」に寄りやすい。
一方で、義理の関係は距離感が難しく、何をどう言えばいいか分からず、結果として黙ってしまう。
世間の常識から見ると損な役回りですが、本人の中では「身内以外にうまく触れない」だけ、ということがあり得る。
先生が繰り返したのは、裏表で器用に立ち回っているわけではない、という点でした。
むしろ、容量が悪いほどに不器用で、愛想が作れない。
だからこそ、息子に頼り切る形で夫婦の関係が保たれている可能性がある。
そういう見立てが、相談者の心を少しだけ軽くしていきます。
■「息子が幸せなら」——その言葉を、空回りさせないために
話が進むにつれ、相談者は「息子が幸せなら、もう良しとします」と口にします。
和田先生も「その通り」と受け止めました。ここは、我慢を強いる形ではありません。
相手を変えるのではなく、現実の構造を見直したうえで、納得できる線を引く、という方向です。
息子は月に3回会いに来る。料理も喜んでくれる。夫婦仲も悪くない。
その土台があるなら、嫁からの言葉を「必須条件」にしない生き方も選べます。
言い換えるなら、欲しい言葉は「願い」として自分で認めつつも、それが得られない現実の中で、心が枯れない工夫をしていく、ということです。
最後は、相談者が和田先生への感謝をまっすぐ伝え、番組らしい明るさで終わっていきました。
■まとめ:礼の言葉より、関係の「位置」を整える
今回の相談は、お嫁さんの礼儀そのものよりも、相談者の心の中に生まれた「私は後回しにされているのかもしれない」という寂しさが中心でした。
和田秀樹先生は、その寂しさを否定せずに、お嫁さんの不器用さという可能性へ視点を移し、敵意の物語を作らないように整えていました。
悟として感じたのは、「ありがとう」を言わせるより、期待の置き場所を見直すほうが心が守られるということです。
欲しい言葉があるのは自然です。
ただ、それを相手の義務にすると、関係は硬くなります。
息子との往復が続いているなら、その温かさを軸にして、お嫁さんには「できる範囲の人」として静かに距離を置く。
そうやって、家族の中で自分の居場所を整えていくことも、立派な選択だと思います。
放送はこちらから視聴できます
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
人は誰かの悩みや言葉に触れたとき、ふと自分の心が揺れていることに気づくことがあります。
その小さな揺れは、これからの自分を整える大切な“サイン”なのかもしれません。
もし今、胸の奥にそっと抱えている思いがあり、「どこかに話してみようかな」と感じている方がいらっしゃれば、いくつかの相談先をここに置いておきます。
どれが正しいということはありません。
今のあなたに合う形を、静かに選んでいただければ十分です。
◆ テレフォン人生相談に相談してみたい方へ
寄り添って話を聴いてもらいたいとき、人生経験の深い回答者の言葉に触れたいとき──
テレフォン人生相談は、長い歴史の中で多くの方の迷いを受け止めてきた相談先です。
番組という特性上、相談内容が“広く届けられる形”になることもありますが、その分だけ、そこで得られる言葉には力があります。
◆ 誰にも知られず、心を預けられる相談先を探しているあなたへ
テレフォン人生相談のように、限られた時間の中で専門家の言葉を受け取る形が合う方もいれば、
「相談したこと自体が、どこかに伝わってしまうかもしれない」
その不安が先に立って、踏み出せない方もいらっしゃるかもしれません。
このブログでは、そうした気持ちを抱えたままでも選べる、誰にも知られず、心の内をそっと預けられる相談先もまとめています。
無理に利用する必要はありません。
ただ、自分に合う距離感の相談先が他にもあるということを、必要になったときに思い出していただければ十分です。
▶︎ 誰にも知られず、心を預けられる相談先を探しているあなたへ
◆ 言葉にしきれない思いを、静かに整理したいときに
誰かに直接相談するほどではないけれど、頭の中や胸の奥に、まだ整理しきれていない思いが残っている──そんなときもあるかもしれません。
「何が不安なのか」「どこで引っかかっているのか」それをはっきりさせるだけで、気持ちが少し落ち着くこともあります。
最近は、名前を明かさず、顔も出さず、今の状況や気持ちを言葉にするだけで、第三者の視点を受け取れるサービスもあります。
答えを決めてもらうためではなく、自分の気持ちを整理する“きっかけ”として、こうした選択肢があることも、そっと置いておきます。
どの道を選んだとしても、それは “自分を大切にした証” だと思います。
またゆっくりとお会いできますように。
──悟(さとる)

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