2025年11月28日(金) テレフォン人生相談
パーソナリティー:田中ウルヴェ京さん
回答者:三石由起子先生(三石メソード主宰、作家・翻訳家)

こんにちは、悟(さとる)です。
本日はテレフォン人生相談から、幼少期の体罰を止めなかった母への怒りが消えず、親が年を重ねた今、どう関わればいいか揺れている相談です。
「もう大人なのに、なぜ今さら腹が立つのか」と自分を責めてしまう人は少なくありません。
けれど、過去の痛みは、環境が変わると別の形で顔を出します。
今回の相談は、その揺れがとても静かに、しかし確かに描かれていました。
■今の生活は落ち着いているのに、親のことだけが引っかかる
相談者は44歳の女性。
夫と娘との3人暮らしで、家庭はひとまず安定している様子です。
けれど、両親のことになると心がざわつき、関係を「好きになれない」と感じてしまう。
とくに最近は、母の物忘れが増えてきたこともあり、この先の距離感が現実問題として迫ってきています。
親を放っておくわけにもいかない。
かといって、温かな気持ちで寄り添えるかというと、そうもいかない。
こういう揺れは、きれいごとでは片づきません。
親が弱っていく姿を前にすると、「今こそ許すべきなのか」と考えてしまう一方で、心が追いつかないこともあります。
■体罰の記憶は、父だけでなく“止めなかった母”へ向かっていった
相談者の記憶には、父からの体罰が強く残っています。
成績のこと、生活態度のことなどで叩かれたり蹴られたりした。子どもにとって、家の中で逃げ場がない状況は、それだけで恐怖になります。
そして今回の核心は、怒りが父だけで終わらなかった点でした。
父が怖かった、嫌だった。その気持ちは確かにある。
けれど時が経つにつれ、もう一つの感情が大きくなっていった。
母は横にいたのに、止めてくれなかった。必死に守ってくれた記憶がない。
「助けてほしかった相手が助けてくれなかった」という体験は、時間が経っても静かに残ります。
子どもの頃は言葉にできず、ただ耐えるしかない。
大人になってからようやく、言葉として輪郭を持ち始めることがあります。
相談者の中で、母への気持ちが遅れて育ってしまったようにも見えました。
■親の高齢化が、心の“未整理”を表に出す
母の物忘れが進み、父も年を重ねる。
ここから先、介護や支援が必要になる可能性がある。
そう考えたとき、相談者は「感謝を言えない自分」にも気づきます。
本当は言わなければいけない気がする。
でも、言葉にすると嘘になる気もする。かといって、冷たく突き放したいわけでもない。
こういう葛藤は、良心がある人ほど苦しくなります。
親子関係は、距離が近いぶんだけ、過去の積み重ねが強く効きます。
いま起きているのは、目の前の介護の話だけではなく、「これまでの歴史の精算」が迫ってくる感覚なのだと思います。
■三石由起子先生の見立て:いまの価値観だけで裁かない
三石先生がまず示したのは、過去の出来事を“今の価値観”だけで断罪しすぎない視点でした。
体罰がよいという話ではありません。
ただ、当時の社会の空気、しつけ観、家庭内の力関係の中で、母が強く止められなかった背景があり得る。
ここで大切なのは、無理に親を肯定することではなく、見立てを一段深くすることです。
母は「止めなかった」のか、「止められなかった」のか。
あるいは、止めるという発想すら持てないほど、家庭の構造が固かったのか。
過去の評価を“単純な善悪”から外すと、感情の出口が少し変わります。
怒りを消すためではなく、怒りに飲まれないための整理です。
■感情を無理に整えない:好きになれなくてもいい
相談者は「嫌いになってはいけない」「感謝しなければいけない」という気持ちも抱えていました。
でも三石先生の語り口は、そこを急がせません。
感謝の言葉は、無理に絞り出すほど苦しくなります。
感情は命令しても動きません。
大人としての礼儀や最低限の配慮はできても、心の奥の好意まで強制する必要はない。
そう捉えるだけで、罪悪感が少し薄くなることがあります。
この相談の静かな救いは、「ちゃんとした娘になろう」とする努力自体を、いったん休ませてくれるところにありました。
親への感情が複雑なのは、弱さではなく、経験の痕跡です。
■これからの現実:できることと、できないことの線引き

親が高齢になると、きれいに割り切れない場面が増えます。
会えばしんどい。でも放置もできない。
そこに必要なのは、“気持ち”より先に“現実の設計”です。
連絡の頻度、会う時間、手伝える範囲。
金銭的な支援が必要になったときの上限。
家族(夫や娘)の生活を優先する基準。
こうした枠組みを決めておくと、感情の波に巻き込まれにくくなります。
親の問題をすべて背負わず、生活を守るために距離を調整してよい。
線引きは冷たさではなく、継続のための仕組みです。
関わりをゼロにしないために、過剰な接触を避ける。
そういう考え方も、十分に現実的です。
■支える手段は“自分の手”だけではない
介護や見守りは、家族の献身だけで回そうとすると破綻しやすくなります。
関係がこじれているならなおさらです。
公的サービスや地域資源を使うことは、親不孝ではありません。
むしろ、感情的な衝突を減らし、必要な支援を安定させる手段になります。
相談者が抱えているのは「親を助けるかどうか」だけでなく、「助けるときに自分が壊れないか」という不安でもあります。
そこに対して、社会的な仕組みを利用する発想を持つことは、自分を守ることにつながります。
■まとめ:過去を消さずに、これからを決める
今回の相談は、親の老いが始まったことで、子ども時代の痛みが再び現れたケースでした。
父からの体罰だけではなく、止めなかった母への感情が残り続けている。
その事実を、まずは否定しないことが出発点になります。
三石由起子先生の助言は、親を美化する方向ではなく、時代背景や家庭の構造を含めて捉え直し、感情に名前をつけながら、現実の線引きを作るというものでした。
私、悟(さとる)として感じたのは、親子関係の整理は「許す・許さない」の二択ではないということです。
消えない感情を抱えたままでも、関係の形は設計し直せます。
過去をなかったことにせず、これから先の生活が壊れない形に整える。
その静かな選び方こそが、今回の相談が示していたテーマだと思います。
放送はこちらから視聴できます
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
人は誰かの悩みや言葉に触れたとき、ふと自分の心が揺れていることに気づくことがあります。
その小さな揺れは、これからの自分を整える大切な“サイン”なのかもしれません。
もし今、胸の奥にそっと抱えている思いがあり、「どこかに話してみようかな」と感じている方がいらっしゃれば、いくつかの相談先をここに置いておきます。
どれが正しいということはありません。
今のあなたに合う形を、静かに選んでいただければ十分です。
◆ テレフォン人生相談に相談してみたい方へ
寄り添って話を聴いてもらいたいとき、人生経験の深い回答者の言葉に触れたいとき──
テレフォン人生相談は、長い歴史の中で多くの方の迷いを受け止めてきた相談先です。
番組という特性上、相談内容が“広く届けられる形”になることもありますが、その分だけ、そこで得られる言葉には力があります。
◆ 誰にも知られず、心を預けられる相談先を探しているあなたへ
テレフォン人生相談のように、限られた時間の中で専門家の言葉を受け取る形が合う方もいれば、
「相談したこと自体が、どこかに伝わってしまうかもしれない」
その不安が先に立って、踏み出せない方もいらっしゃるかもしれません。
このブログでは、そうした気持ちを抱えたままでも選べる、誰にも知られず、心の内をそっと預けられる相談先もまとめています。
無理に利用する必要はありません。
ただ、自分に合う距離感の相談先が他にもあるということを、必要になったときに思い出していただければ十分です。
▶︎ 誰にも知られず、心を預けられる相談先を探しているあなたへ
◆ 言葉にしきれない思いを、静かに整理したいときに
誰かに直接相談するほどではないけれど、頭の中や胸の奥に、まだ整理しきれていない思いが残っている──そんなときもあるかもしれません。
「何が不安なのか」「どこで引っかかっているのか」それをはっきりさせるだけで、気持ちが少し落ち着くこともあります。
最近は、名前を明かさず、顔も出さず、今の状況や気持ちを言葉にするだけで、第三者の視点を受け取れるサービスもあります。
答えを決めてもらうためではなく、自分の気持ちを整理する“きっかけ”として、こうした選択肢があることも、そっと置いておきます。
どの道を選んだとしても、それは “自分を大切にした証” だと思います。
またゆっくりとお会いできますように。
──悟(さとる)


コメント