テレフォン人生相談 2025年11月21日 金曜日
パーソナリティ: 田中ウルヴェ京
回答者: 三石由起子(三石メソード主宰、作家・翻訳家)

こんにちは、悟(さとる)です。
本日はテレフォン人生相談から、アルツハイマー型認知症の夫を支えるために退職し、自分の幸せが見えなくなった女性の悩みです。
介護の大変さは、数字や制度の話だけでは言い尽くせません。
暮らしの手触りが変わり、夫婦の時間の意味が変わり、未来の予定が一つずつ消えていく。
その中で「私は何を支え、何を諦め、どこで息をしていいのか」。
静かな問いが残ります。
今日は、その問いを、田中ウルヴェ京さんの聞き取りと、三石由起子先生の言葉でほどいていきます。
相談の概要
相談者は63歳の女性。
夫は68歳で、再婚同士。
二人に子どもはいません。
夫はアルツハイマー型認知症で、診断がついたのは5年前。
その前から兆しはあったといいます。
夫は親族とのつながりが薄く、両親や兄はすでに亡くなり、妹はいるものの疎遠。
相談者は「ほぼ天涯孤独」と表現し、支え手が自分に集中している感覚を抱えています。
夫の症状の中心にあるのは、不安の強さでした。
仕事中でも5分おきに電話が来る。
大事な会議の最中にも連絡が重なり、働き続けることが難しくなっていきます。
相談者は本来、65歳まで勤め上げ、退職金を受け取り、その先の暮らしの計画も描いていました。
しかし現実は、退職して契約社員へ。
残業のない働き方に切り替え、夫と向き合う時間は増えたものの、収入は大きく減りました。
さらに、夫婦の楽しみも失われていきます。
外食は頻尿の心配が先に立ち、落ち着いて過ごせない。
映画も芝居も、席を立つ回数が増え、出かけること自体が難しくなる。
夫の記憶があるうちにと旅行もしたけれど、翌日には「行ってない」と言われてしまう虚しさが残る。
相談者は「夫との向き合い方」と「自分の幸せにどう腹落ちするか」を相談の柱として語りました。
■「失ったもの」の痛みが、問いを大きくする
介護の話になると、どうしても「正しさ」や「制度」で片づけたくなります。
でも、この相談で響いたのは、生活の輪郭が変わったことへの戸惑いでした。
忙しく働き、夫婦で外出をし、ときにおしゃれもして、二人で楽しみを積み重ねていく。
そういう日常が、ある日からゆっくり崩れていく。
本人の努力不足ではなく、病気の性質がそうさせる。
だからこそ、怒りの矛先も定まらず、悲しみは行き場を失いやすい。
相談者は、夫を見捨てたいわけではないのに、介護の現実が積み重なるほど、心の中に「これから先、私はどうなるのだろう」という焦りが濃くなる。
収入の減少は、単なる金銭の話ではなく、選べる未来の幅が狭くなる感覚にもつながります。
そして夫婦の楽しみが減ることは、「夫婦でいる意味」が揺らぐことにも直結してしまう。
一方で、夫には親族の支えが薄い。
妹との関係も遠い。
だから相談者は、自分が担うしかないと思いながら、同時に、その立場の重さに息苦しさも感じているようでした。
ここにあるのは、献身の美談ではなく、長い時間を見据えたときの現実的な恐れです。
■三石由起子先生の助言:ゼロか百かを決める覚悟
三石由起子先生は、迷い続ける状態そのものに光を当てました。
「ゼロ100じゃない」と言いながら、実際にはゼロか百かの間で揺れ続けているのではないか。
先生は、その揺れが長引くほど、心がすり減り、決意が固まらなくなる危うさを指摘します。
先生が繰り返したのは、「甲斐がない」と感じるか、「甲斐がなくてもいい」と思えるか、という分岐でした。
昨日の出来事を忘れられたときに、深く落胆するのか、それでも昨日が楽しかったならそれでいいと思えるのか。
介護のつらさは、作業量だけではなく、報われなさへの耐性にも関わってきます。
また先生は、夫の妹の態度を「言い訳」にしてしまうと決意はつかない、と言います。
妹が優しかろうが冷たかろうが、「自分はどうしたいか」は別問題であり、そこから目をそらすほど、選択が先送りになる。
介護の現場では、家族関係の不公平感が大きな火種になりますが、先生はその火種を、決断の材料にしすぎないよう促したように見えます。
■「バランス」という視点:別れは清算の感覚で起きる
三石由起子先生が語った「バランス」は印象的でした。
人が別れるときは、心の中で損得の帳尻が合ったときに、ふっと離れられることがある。

反対に、「自分が損している」「相手が得をしている」と感じ続けると、バランスが取れず、迷いが長引く。
ここでいうバランスは、冷たい計算ではなく、心の納得感に近いものです。
自分がしてきたこと、されてきたこと、その両方を眺めたうえで、これ以上続けると憎しみに変わってしまうのか、それとも「甲斐がなくてもいい」と受け止められるのか。
先生は、その地点を見極める必要を示していました。
さらに先生は、相談者が過去に夫から暴力を受け、忘れられない傷が残っている点を重く見ています。
暴力の記憶は、時間が経っても消えにくい。
相談者はまだ63歳で、これからの時間が長い。
もし憎しみが育ってしまえば、その長さが、そのまま人生の重さになる。
先生の言葉には、介護を続けるかどうか以前に、相談者の今後の人生が壊れてしまうことへの警戒がありました。
■続けるなら条件がある:見返りを求めないこと
興味深いのは、先生が一方的に「別れなさい」と断定するだけではなく、もし続けるなら必要な条件を具体的に言語化しているところです。
相談者には、金曜日に一人で飲みに行く習慣があり、それがガス抜きになっている。
自分一人で楽しむ力があるのは強みです。
けれど、その時間に夫婦連れを見て虚しくなる。
ここには、「私は一人で息抜きできる。でも本当は、夫婦で楽しみたかった」という本音がにじみます。
先生が示した条件は、見返りを求めないことでした。
明日忘れられても仕方ない、と腹を決めること。
夫の反応で自分の努力を測らないこと。
自分の楽しみは自分で確保し、そのうえで、できる範囲で関わる。
続ける道は「耐える」ではなく、期待を調整して関係を組み替えることだ、と聞こえます。
ただし、それができないなら、ずるずると続けることで憎しみが育ち、長い時間を失う危険がある。
先生の厳しさは、そこに向けられていました。
■まとめ:幸せは「形」を変えて残ることもある
この相談のテーマは、介護そのものだけではなく、夫婦の関係が病気によって変質するときに、残るものは何か、という問いだったように思います。
以前のような楽しみが戻らない現実の中で、相談者は「幸せはどこにあるのか」と探します。
でも、幸せは以前と同じ形で残るとは限りません。
形が変わった幸せを受け取れるのか、それとも、形が変わった時点で関係を終えるのか。
そこに、決断が必要になります。
三石由起子先生の言葉は、「迷い続けること」の危うさをはっきり示していました。
支援者が少ないことや、妹との関係を材料にするよりも、自分が何を選びたいのかを直視する。
そして、続けるなら見返りを求めず、自分の楽しみを自分で確保する。
離れるなら、罪悪感だけで踏みとどまらない。
どちらにしても、先送りが一番つらい、という方向性です。
大切なのは、誰かの正解ではなく、自分の心が壊れない形を選ぶこと。
相談者の声には、決して軽くない疲れがありました。
読んでいる私たちも、もし同じ場所に立ったら、簡単には決められないはずです。
だからこそ、選ぶための言葉が必要になります。
今日の助言は、その言葉を、少し荒い手つきでも、こちらに差し出してくれた回だったのかもしれません。
放送はこちらから視聴できます
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
人は誰かの悩みや言葉に触れたとき、ふと自分の心が揺れていることに気づくことがあります。
その小さな揺れは、これからの自分を整える大切な“サイン”なのかもしれません。
もし今、胸の奥にそっと抱えている思いがあり、「どこかに話してみようかな」と感じている方がいらっしゃれば、いくつかの相談先をここに置いておきます。
どれが正しいということはありません。
今のあなたに合う形を、静かに選んでいただければ十分です。
◆ テレフォン人生相談に相談してみたい方へ
寄り添って話を聴いてもらいたいとき、人生経験の深い回答者の言葉に触れたいとき──
テレフォン人生相談は、長い歴史の中で多くの方の迷いを受け止めてきた相談先です。
番組という特性上、相談内容が“広く届けられる形”になることもありますが、その分だけ、そこで得られる言葉には力があります。
◆ 誰にも知られず、心を預けられる相談先を探しているあなたへ
テレフォン人生相談のように、限られた時間の中で専門家の言葉を受け取る形が合う方もいれば、
「相談したこと自体が、どこかに伝わってしまうかもしれない」
その不安が先に立って、踏み出せない方もいらっしゃるかもしれません。
このブログでは、そうした気持ちを抱えたままでも選べる、誰にも知られず、心の内をそっと預けられる相談先もまとめています。
無理に利用する必要はありません。
ただ、自分に合う距離感の相談先が他にもあるということを、必要になったときに思い出していただければ十分です。
▶︎ 誰にも知られず、心を預けられる相談先を探しているあなたへ
◆ 言葉にしきれない思いを、静かに整理したいときに
誰かに直接相談するほどではないけれど、頭の中や胸の奥に、まだ整理しきれていない思いが残っている──そんなときもあるかもしれません。
「何が不安なのか」「どこで引っかかっているのか」それをはっきりさせるだけで、気持ちが少し落ち着くこともあります。
最近は、名前を明かさず、顔も出さず、今の状況や気持ちを言葉にするだけで、第三者の視点を受け取れるサービスもあります。
答えを決めてもらうためではなく、自分の気持ちを整理する“きっかけ”として、こうした選択肢があることも、そっと置いておきます。
どの道を選んだとしても、それは “自分を大切にした証” だと思います。
またゆっくりとお会いできますように。
──悟(さとる)


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