甥姪にも手紙…兄の性加害を謝らせたい77歳女性に示された出口とは

窓辺の柔らかな光を受けながら、静かに遠くを見つめる70代女性の横顔イラスト

テレフォン人生相談 2025年12月3日 水曜日
パーソナリティ: 玉置妙憂
回答者: 森田豊(医師で医療ジャーナリスト)


こんにちは、悟(さとる)です。

本日はテレフォン人生相談から、幼少期の被害の記憶が年齢を重ねて再燃し、兄に謝罪を求め続ける女性の相談です。


長い年月を生きてきたはずなのに、心の奥に沈めていた出来事が、ある日ふいに姿を現すことがあります。

忘れようとしてきた時間が長いほど、「今さら」と「今こそ」が同時に押し寄せ、言葉にできない苦しさを生むこともあります。

今回の相談は、まさにその揺れの中にありました。

■相談の輪郭:消えない記憶と「謝らせたい」という願い

相談者は77歳の女性。

夫と子どもがいて、日々の暮らしは続いています。

けれど、小学校の頃、実の兄から夜中に身体を触られ、結果として性的な暴行を受けた記憶が残っています。


当時は幼く、何が起きているのか分からないまま、痛みと違和感だけが身体に刻まれました。

言葉にしようにも、幼い自分にはそれを説明する知恵も勇気もなく、ただ「変なことをされた」という感覚のまま、胸の内に閉じ込めてきたのです。

人生はその後も進みます。

結婚し、子育てをし、親族の集まりもある。

兄と顔を合わせる機会もあり、表面上は「普通に」過ごしてきました。

それでも、心の底では許せない気持ちは消えず、折に触れて悔しさがよみがえっていたといいます。


そして最近、その記憶が以前よりも強く思い出されるようになり、「このまま黙ってあの世に行くのは違う」と感じるようになりました。

そこで相談者は兄に手紙を書きました。

受けた被害を伝え、償いと謝罪を求めたのです。

しかし返事はありません。

その沈黙が、相談者の怒りと焦りに火をつけていきます。

■手紙を広げた理由:甥姪へ伝えたことで孤立が深まる

兄から反応がないまま時間が過ぎるなかで、相談者は「ならば子どもにも伝える」と告げ、甥や姪にあたる兄の子どもへも、手紙やはがきで事実を書き送りました。


そこには、単なる告発というより、「このまま無かったことにされて終わりたくない」という切実さがにじみます。

返事がないことが耐え難く、沈黙を破るために、届く範囲を広げていったとも言えます。

けれど現実には、甥姪からも何の反応もありません。相談者は「書いても書いても返事がない」状況のなかで、さらに孤立感を深めていきます。

自分の中だけで増幅していく怒り、誰にも受け止められない痛み、そして「正しさ」が通らない苦しさ。


この段階で、相談の焦点は「謝罪を取る方法」だけではなく、心の傷が再燃した今をどう生きるか、という問いに移っていきます。

■森田豊先生の見立て:PTSDと「負のスパイラル」

白を基調とした空間に置かれたノートとペンが、窓からのやわらかな光に照らされている情景イラスト

森田豊先生は、相談者の話を丁寧に受け止めながら、まず「どれほど辛いことだったか」を確かめるように、言える範囲で具体を尋ねます。

相談者が抱えてきたものを、曖昧なままにしない姿勢がありました。


そのうえで先生は、この状態が心的外傷後ストレス障害(PTSD)に近いものとして理解できると示します。

思い出せば思い出すほど、フラッシュバックが起き、気持ちが沈み、さらに思考がそこへ吸い寄せられていく。

そうした循環に人は陥りやすい、という指摘でした。

ここで先生が語ったのは、被害を「無かったことにする」話ではありません。

怒りを否定せず、ただ、怒りの扱い方を変える視点です。

謝罪を求めることには確かに意味がある一方で、謝罪を諦めることにも、生活を守るという意味での利点がある。

両方を見てほしい、という提案でした。


本文の流れを整理すると、先生の軸は次の一点に集まっていきます。

謝罪を求めることで、これからの生活が脅かされる可能性を忘れないでほしい

怒りが人生の中心に居座ると、相手が沈黙している限り、こちらだけが消耗し続けてしまうからです。

■「謝らせる」と「楽しむ」を両立させる発想

相談者は「言える人がいない」と話します。

身近な理解者が減り、頼れる人も亡くなっている。

だからこそ、弁護士に相談する道も口にします。

森田先生は、弁護士を立てるのも一つの方法だと認めつつ、断定的に「こうしなさい」とは言いません。


その慎重さは、相談者の人生がこれまでに積み重ねてきたものの重さを、軽く扱わないためにも見えました。

印象的だったのは、先生が「人生の楽しみ」の話題を入れたところです。

相談者が今、グランドゴルフをしていると答えると、先生はそれを肯定し、怒りの問題と並行して、楽しみを続けることを強く勧めます。


兄に対して腹が立つ、それはそれとして、生活の中の別の部分を兄に台無しにさせない。

つまり、心の傷の主導権を相手に渡しっぱなしにしない、という考え方です。

怒りをやめろ、と先生は言いません。

けれど、怒りに生活全体を支配させないでほしい、と言います。

年齢を重ねた今、残りの時間を「恨み続けるだけ」にしないために、怒りの置き場所を決め直す。


一つのことだけに固守せず、広い意味で質の高い生活を選び直してほしい

先生の言葉は、ここに着地していました。

■まとめ:沈黙が続くとき、こちらの人生を守る線引き

この相談が難しいのは、被害の深刻さと、加害者側の沈黙が重なっている点です。

謝罪を求める行動には正当な気持ちがあり、黙って飲み込めと言われる筋合いもありません。

けれど、相手が反応しないまま時間だけが過ぎると、怒りは出口を失い、生活の隅々へ染み出してしまいます。

森田豊先生が示したのは、正義を手放す話ではなく、生活を取り戻す話でした。

謝罪を求めるか、法的な相談に進むか、それ自体は選択肢として残しながらも、同時に「楽しみ」「日々の手触り」「今の自分の時間」を守る。

そこに軸足を置くと、相手の沈黙によって人生が決まってしまう感じが、少しずつほどけていきます。

今回の相談から見えるテーマは、家族関係の中で起きた傷が、長い年月を経ても終わっていないという現実です。

そして、終わっていないものと共に生きるとき、私たちは「けりをつける」だけでなく、「自分の人生の主語を取り戻す」ことも同時に考える必要があるのだと思います。

怒りを抱えながらも、今日という一日を守る。

その積み重ねが、沈黙に対抗するための静かな力になるのかもしれません。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

人は誰かの悩みや言葉に触れたとき、ふと自分の心が揺れていることに気づくことがあります。

その小さな揺れは、これからの自分を整える大切な“サイン”なのかもしれません。

もし今、胸の奥にそっと抱えている思いがあり、「どこかに話してみようかな」と感じている方がいらっしゃれば、いくつかの相談先をここに置いておきます。

どれが正しいということはありません。

今のあなたに合う形を、静かに選んでいただければ十分です。

◆ テレフォン人生相談に相談してみたい方へ

寄り添って話を聴いてもらいたいとき、人生経験の深い回答者の言葉に触れたいとき──

テレフォン人生相談は、長い歴史の中で多くの方の迷いを受け止めてきた相談先です。

番組という特性上、相談内容が“広く届けられる形”になることもありますが、その分だけ、そこで得られる言葉には力があります。

▶︎ テレフォン人生相談・相談受付ページ(公式)

◆ 誰にも知られず、心を預けられる相談先を探しているあなたへ

テレフォン人生相談のように、限られた時間の中で専門家の言葉を受け取る形が合う方もいれば、

「相談したこと自体が、どこかに伝わってしまうかもしれない」

その不安が先に立って、踏み出せない方もいらっしゃるかもしれません。

このブログでは、そうした気持ちを抱えたままでも選べる、誰にも知られず、心の内をそっと預けられる相談先もまとめています。

無理に利用する必要はありません。


ただ、自分に合う距離感の相談先が他にもあるということを、必要になったときに思い出していただければ十分です。

▶︎ 誰にも知られず、心を預けられる相談先を探しているあなたへ

◆ 言葉にしきれない思いを、静かに整理したいときに

誰かに直接相談するほどではないけれど、頭の中や胸の奥に、まだ整理しきれていない思いが残っている──そんなときもあるかもしれません。

「何が不安なのか」「どこで引っかかっているのか」それをはっきりさせるだけで、気持ちが少し落ち着くこともあります。

最近は、名前を明かさず、顔も出さず、今の状況や気持ちを言葉にするだけで、第三者の視点を受け取れるサービスもあります。

答えを決めてもらうためではなく、自分の気持ちを整理する“きっかけ”として、こうした選択肢があることも、そっと置いておきます。

▶︎ 今の気持ちを、静かに整理してみたい方へ


どの道を選んだとしても、それは “自分を大切にした証” だと思います。

またゆっくりとお会いできますように。

──悟(さとる)

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