母の死で憎しみが湧く69歳女性 加藤諦三さんと大原敬子先生の回

母の死を前に、窓の外を静かに見つめながら気持ちを整理しつつある70代女性のイラスト

テレフォン人生相談 2025年12月1日 月曜日
パーソナリティ: 加藤諦三
回答者: 大原敬子(幼児教育研究)


こんにちは、悟(さとる)です。

本日はテレフォン人生相談から、母の告別式を前に「寂しさ」と「憎しみ」が同時に噴き上がってきた69歳女性の相談です。


親を亡くす悲しみだけでは説明できない感情が、ふいに胸を満たすことがあります。

大切にしたかったはずなのに、腹の底から怒りが立ち上がる。

今さら何をしても遅い気がして、なおさら苦しくなる。


今日の相談は、その矛盾を抱えたままでも、心を壊さずに弔いへ向かう道があるのかを静かに教えてくれます。

告別式という「区切り」の直前は、普段なら押し込めている記憶や感情が、ふいにほどけて出てくる時間でもあります。

■ 母の死でよみがえった「抱かれなかった記憶」

相談者は69歳の女性。

再婚相手は8年前に亡くなり、現在は前の結婚で生まれた長男と暮らしています。

数日前に実母が亡くなり、翌日に告別式を控える中で、相談者の中に一つの記憶が浮かびました。

幼い頃、母に抱きしめられた覚えがないのです。


それは、写真のように鮮明な記憶かもしれませんし、反対に「思い出そうとしても手触りがない」という空白かもしれません。

ただ、空白であればあるほど、人はそこに意味を探し始めます。

抱かれなかったのは、私が悪かったからだろうか。

母は私を好きではなかったのだろうか。

そんな問いが、今の自分を責める形で戻ってくることがあります。


思い出した瞬間、心は寂しさだけでは済まなくなります。

悲しいのに、同時に憎い。泣きたいのに、怒りが出てくる。

亡くなった相手に向けるには遅すぎるのに、気持ちは止まりません。

相談者は、その感情を「どうコントロールすればいいのか」と問いかけます。


ここで大事なのは、相談者が“母を嫌いだった”と言っているのではなく、愛情を望んだまま叶わなかった痕跡が、死をきっかけに表面へ出てきた、という点です。

人は長い間、生活を回すために感情を後回しにできます。

けれど、弔いの場面は、後回しにしてきたものを思いがけず照らしてしまうことがあります。

■ 加藤諦三さんの整理:抑えるほど影は残る

加藤諦三さんはまず、「寂しさ」と「憎しみ」が同時に出てくることを、特別な異常として扱いません。

親に対しては、愛情と怒りが混ざることがある。

その混ざり方は人それぞれで、長い時間をかけて形を変えることもある。

そう捉えた上で、相談者が一番困っている「憎しみを消したい」という願いに目を向けます。


加藤さんが示した鍵は、今日の一言にも通じる考え方です。

感情を“ないこと”にしようとすると、心のどこかで別の形になって残り続ける

たとえば、普段は穏やかにしているのに、関係のない場面で突然涙が出る。

人に当たってしまう。

眠れなくなる。

体だけが緊張する。

こうした形で現れることもあります。

抑圧は、表面上の静けさと引き換えに、別の場所で無理を生みやすいのです。


だから、憎しみをゼロにすることを目標にすると、かえって自分を追い詰めやすい。

自分の中に出てきたものを「こんな感情は持ってはいけない」と裁いてしまうと、心は二重に苦しくなります。

ひとつは母への感情、もうひとつは自分を責める痛みです。


ここで求められているのは、怒りを正当化することでも、母を裁くことでもありません。

自分の中に出てきた感情を、「今、確かにあるもの」として把握し、飲み込まれない位置に置くこと。

加藤さんの語りは、相談者が自分を責めないための土台づくりでした。

コントロールとは、感情を消すことではなく、感情に命令されない距離を作ることだと、静かに言い換えてくれているように聞こえます。

■ 大原敬子先生の助言:憎しみは「手放す」より先に「認める」

白い背景の中で、ノートとペンにやわらかな光が差し込み、静かな余白が広がる情景のイラスト

大原敬子先生は、相談者の言葉の奥にある“願い”を丁寧にすくい上げます。

抱きしめられたかった。

甘えたかった。

分かってほしかった。

その願いが満たされないまま歳月が流れ、母の死で「もう二度と埋まらない穴」になったとき、寂しさは憎しみに姿を変えて現れやすい。


先生が強調するのは、感情に善悪の札を貼らないことです。

憎しみが出たからといって、相談者が冷たい人になるわけではありません。

むしろ、長い間、気丈にやってきた人ほど、節目で抑えてきたものが噴き出すことがあります。

生きるために必要だった我慢が、別の形で回収される、と言ってもいいのかもしれません。


告別式の場では、感情を完全に整える必要はありません。

大原先生は、悲しみだけの弔いを演じようとするより、心の中に複数の気持ちがある前提で立つことを勧めます。

泣けない自分がいてもよいし、怒りが混ざっていてもよい。

たとえ手を合わせながら心の奥で反発が動いても、それは「今の私の現実」です。


そこで大切になるのは、「私は今、こう感じている」と自分に言ってあげることです。

否定しないことが、感情を暴れさせない第一歩になります。

憎しみを追い払おうとするほど、心は憎しみに縛られます。

反対に、認めて座らせておくと、感情は少しずつ形を変え始めます。

すぐに温かい気持ちへ変わるわけではなくても、「混ざったままでいていい」という許可は、当日の不安を確実に軽くします。

■ 告別式の前夜にできる「静かな整え方」

相談者が怖いのは、告別式の場で感情が暴走し、取り乱してしまうことかもしれません。

あるいは、逆に何も感じられず、冷たい人間だと見られることかもしれません。

どちらも、心が必死に平衡を保とうとする反応です。


大原先生の話を踏まえると、前夜にできる整え方は派手なものではありません。

まず、憎しみが湧く瞬間を想像し、「それでも私は式に行ける」と心の中で確認します。

次に、母に向ける言葉を無理に探さず、「抱かれたかった」と自分の幼い部分にそっと言ってみる。

たったそれだけでも、怒りの温度が少し下がることがあります。


告別式は、過去の清算を一日で終える場所ではありません。

今の自分が立てる場所に立ち、できる範囲で弔う。

それで十分です。

涙が出るなら出てもよいし、出ないなら出なくてもよい。

感情の形を整えることより、自分を保つことを優先してよいのだと思います。

■ 「母の問題」だけで終わらない、同居する息子との暮らし

相談者は長男と同居しています。

母への思いが揺れたとき、家の中の関係もまた静かに影響を受けます。

なぜなら、幼少期に満たされなかった感覚は、大人になっても「誰かに分かってほしい」「見捨てられたくない」という形で残りやすいからです。

自分でも気づかないうちに、相手の反応に敏感になったり、距離を取りすぎたりします。


大原先生の助言が印象的なのは、母の評価を確定させることより、相談者がこれからの生活を軽くする方向に視点を向けている点でした。

母から受け取れなかったものは、今から母にもらうことはできません。

しかし、その欠けた感覚を抱えたまま生きる自分を、必要以上に責めないことはできます。


弔いは、過去の出来事を「なかったこと」にするのではなく、過去の重さに押しつぶされない持ち方を学ぶ時間でもあります。

怒りの波が来ても、「また来た」と気づき、深呼吸してやり過ごす。

誰かに優しくできない日があっても、そんな自分を突き放さない。

そうした小さな扱い方の積み重ねが、同居する息子との関係にも穏やかさを戻していきます。

■ まとめ:親子の痛みは遅れて言葉になる

母の死を前に噴き上がった憎しみは、相談者の弱さではなく、長い間置き去りになっていた「抱かれたかった気持ち」の裏返しでした。

加藤諦三さんは、抑圧が心に影を残す仕組みを示し、大原敬子先生は、感情を否定せずに弔いへ向かう立ち方を教えてくれました。


親子関係は、白黒で片づきません。

愛していたのに憎かった、感謝しているのに許せない。

そうした矛盾は、人生の節目で遅れて言葉になります。

だからこそ、矛盾を抱えた自分を責めすぎないことが、次の一歩になります。


私自身、相談を聴きながら、弔いとは「きれいに終わらせる儀式」ではなく、矛盾を抱えたままでも前へ進むための場なのだと感じました。

感情の整理は、式が終わった後も続きます。

今日の相談が示したのは、その長い整理の道を、ひとりで怖がらなくていいということだったと思います。

告別式の朝、胸がざわついても大丈夫です。

湧いた感情に気づき、今できる弔いを選ぶ。

その繰り返しが、少しずつ自分の人生を取り戻す力になります。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

人は誰かの悩みや言葉に触れたとき、ふと自分の心が揺れていることに気づくことがあります。

その小さな揺れは、これからの自分を整える大切な“サイン”なのかもしれません。

もし今、胸の奥にそっと抱えている思いがあり、「どこかに話してみようかな」と感じている方がいらっしゃれば、いくつかの相談先をここに置いておきます。

どれが正しいということはありません。

今のあなたに合う形を、静かに選んでいただければ十分です。

◆ テレフォン人生相談に相談してみたい方へ

寄り添って話を聴いてもらいたいとき、人生経験の深い回答者の言葉に触れたいとき──

テレフォン人生相談は、長い歴史の中で多くの方の迷いを受け止めてきた相談先です。

番組という特性上、相談内容が“広く届けられる形”になることもありますが、その分だけ、そこで得られる言葉には力があります。

▶︎ テレフォン人生相談・相談受付ページ(公式)

◆ 誰にも知られず、心を預けられる相談先を探しているあなたへ

テレフォン人生相談のように、限られた時間の中で専門家の言葉を受け取る形が合う方もいれば、

「相談したこと自体が、どこかに伝わってしまうかもしれない」

その不安が先に立って、踏み出せない方もいらっしゃるかもしれません。

このブログでは、そうした気持ちを抱えたままでも選べる、誰にも知られず、心の内をそっと預けられる相談先もまとめています。

無理に利用する必要はありません。


ただ、自分に合う距離感の相談先が他にもあるということを、必要になったときに思い出していただければ十分です。

▶︎ 誰にも知られず、心を預けられる相談先を探しているあなたへ

◆ 言葉にしきれない思いを、静かに整理したいときに

誰かに直接相談するほどではないけれど、頭の中や胸の奥に、まだ整理しきれていない思いが残っている──そんなときもあるかもしれません。

「何が不安なのか」「どこで引っかかっているのか」それをはっきりさせるだけで、気持ちが少し落ち着くこともあります。

最近は、名前を明かさず、顔も出さず、今の状況や気持ちを言葉にするだけで、第三者の視点を受け取れるサービスもあります。

答えを決めてもらうためではなく、自分の気持ちを整理する“きっかけ”として、こうした選択肢があることも、そっと置いておきます。

▶︎ 今の気持ちを、静かに整理してみたい方へ


どの道を選んだとしても、それは “自分を大切にした証” だと思います。

またゆっくりとお会いできますように。

──悟(さとる)

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