体罰を止めなかった母を許せない44歳女性へ三石由起子の助言で心を整理

幼少期の家庭環境を振り返りながら、窓辺で静かに考えを整理する40代女性のイラスト

2025年11月28日(金) テレフォン人生相談
パーソナリティー:田中ウルヴェ京さん
回答者:三石由起子先生(三石メソード主宰、作家・翻訳家)


こんにちは、悟(さとる)です。

本日はテレフォン人生相談から、幼少期の体罰を止めなかった母への怒りが消えず、親が年を重ねた今、どう関わればいいか揺れている相談です。


「もう大人なのに、なぜ今さら腹が立つのか」と自分を責めてしまう人は少なくありません。

けれど、過去の痛みは、環境が変わると別の形で顔を出します。

今回の相談は、その揺れがとても静かに、しかし確かに描かれていました。

■今の生活は落ち着いているのに、親のことだけが引っかかる

相談者は44歳の女性。

夫と娘との3人暮らしで、家庭はひとまず安定している様子です。

けれど、両親のことになると心がざわつき、関係を「好きになれない」と感じてしまう。

とくに最近は、母の物忘れが増えてきたこともあり、この先の距離感が現実問題として迫ってきています。

親を放っておくわけにもいかない。

かといって、温かな気持ちで寄り添えるかというと、そうもいかない。

こういう揺れは、きれいごとでは片づきません。

親が弱っていく姿を前にすると、「今こそ許すべきなのか」と考えてしまう一方で、心が追いつかないこともあります。

■体罰の記憶は、父だけでなく“止めなかった母”へ向かっていった

相談者の記憶には、父からの体罰が強く残っています。

成績のこと、生活態度のことなどで叩かれたり蹴られたりした。子どもにとって、家の中で逃げ場がない状況は、それだけで恐怖になります。

そして今回の核心は、怒りが父だけで終わらなかった点でした。

父が怖かった、嫌だった。その気持ちは確かにある。

けれど時が経つにつれ、もう一つの感情が大きくなっていった。

母は横にいたのに、止めてくれなかった。必死に守ってくれた記憶がない。

「助けてほしかった相手が助けてくれなかった」という体験は、時間が経っても静かに残ります。

子どもの頃は言葉にできず、ただ耐えるしかない。

大人になってからようやく、言葉として輪郭を持ち始めることがあります。

相談者の中で、母への気持ちが遅れて育ってしまったようにも見えました。

■親の高齢化が、心の“未整理”を表に出す

母の物忘れが進み、父も年を重ねる。

ここから先、介護や支援が必要になる可能性がある。

そう考えたとき、相談者は「感謝を言えない自分」にも気づきます。

本当は言わなければいけない気がする。

でも、言葉にすると嘘になる気もする。かといって、冷たく突き放したいわけでもない。

こういう葛藤は、良心がある人ほど苦しくなります。

親子関係は、距離が近いぶんだけ、過去の積み重ねが強く効きます。

いま起きているのは、目の前の介護の話だけではなく、「これまでの歴史の精算」が迫ってくる感覚なのだと思います。

■三石由起子先生の見立て:いまの価値観だけで裁かない

三石先生がまず示したのは、過去の出来事を“今の価値観”だけで断罪しすぎない視点でした。

体罰がよいという話ではありません。

ただ、当時の社会の空気、しつけ観、家庭内の力関係の中で、母が強く止められなかった背景があり得る。

ここで大切なのは、無理に親を肯定することではなく、見立てを一段深くすることです。

母は「止めなかった」のか、「止められなかった」のか。

あるいは、止めるという発想すら持てないほど、家庭の構造が固かったのか。

過去の評価を“単純な善悪”から外すと、感情の出口が少し変わります。


怒りを消すためではなく、怒りに飲まれないための整理です。

■感情を無理に整えない:好きになれなくてもいい

相談者は「嫌いになってはいけない」「感謝しなければいけない」という気持ちも抱えていました。

でも三石先生の語り口は、そこを急がせません。

感謝の言葉は、無理に絞り出すほど苦しくなります。

感情は命令しても動きません。

大人としての礼儀や最低限の配慮はできても、心の奥の好意まで強制する必要はない。

そう捉えるだけで、罪悪感が少し薄くなることがあります。

この相談の静かな救いは、「ちゃんとした娘になろう」とする努力自体を、いったん休ませてくれるところにありました。

親への感情が複雑なのは、弱さではなく、経験の痕跡です。

■これからの現実:できることと、できないことの線引き

親との関係を振り返りながら、少し整理された気持ちで遠くを見つめる40代女性のイラスト

親が高齢になると、きれいに割り切れない場面が増えます。

会えばしんどい。でも放置もできない。

そこに必要なのは、“気持ち”より先に“現実の設計”です。

連絡の頻度、会う時間、手伝える範囲。

金銭的な支援が必要になったときの上限。

家族(夫や娘)の生活を優先する基準。

こうした枠組みを決めておくと、感情の波に巻き込まれにくくなります。

親の問題をすべて背負わず、生活を守るために距離を調整してよい。


線引きは冷たさではなく、継続のための仕組みです。

関わりをゼロにしないために、過剰な接触を避ける。

そういう考え方も、十分に現実的です。

■支える手段は“自分の手”だけではない

介護や見守りは、家族の献身だけで回そうとすると破綻しやすくなります。

関係がこじれているならなおさらです。

公的サービスや地域資源を使うことは、親不孝ではありません。

むしろ、感情的な衝突を減らし、必要な支援を安定させる手段になります。

相談者が抱えているのは「親を助けるかどうか」だけでなく、「助けるときに自分が壊れないか」という不安でもあります。

そこに対して、社会的な仕組みを利用する発想を持つことは、自分を守ることにつながります。

■まとめ:過去を消さずに、これからを決める

今回の相談は、親の老いが始まったことで、子ども時代の痛みが再び現れたケースでした。

父からの体罰だけではなく、止めなかった母への感情が残り続けている。

その事実を、まずは否定しないことが出発点になります。

三石由起子先生の助言は、親を美化する方向ではなく、時代背景や家庭の構造を含めて捉え直し、感情に名前をつけながら、現実の線引きを作るというものでした。

私、悟(さとる)として感じたのは、親子関係の整理は「許す・許さない」の二択ではないということです。

消えない感情を抱えたままでも、関係の形は設計し直せます。


過去をなかったことにせず、これから先の生活が壊れない形に整える。

その静かな選び方こそが、今回の相談が示していたテーマだと思います。


放送はこちらから視聴できます

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

人は誰かの悩みや言葉に触れたとき、ふと自分の心が揺れていることに気づくことがあります。

その小さな揺れは、これからの自分を整える大切な“サイン”なのかもしれません。

もし今、胸の奥にそっと抱えている思いがあり、「どこかに話してみようかな」と感じている方がいらっしゃれば、いくつかの相談先をここに置いておきます。

どれが正しいということはありません。

今のあなたに合う形を、静かに選んでいただければ十分です。

◆ テレフォン人生相談に相談してみたい方へ

寄り添って話を聴いてもらいたいとき、人生経験の深い回答者の言葉に触れたいとき──

テレフォン人生相談は、長い歴史の中で多くの方の迷いを受け止めてきた相談先です。

番組という特性上、相談内容が“広く届けられる形”になることもありますが、その分だけ、そこで得られる言葉には力があります。

▶︎ テレフォン人生相談・相談受付ページ(公式)

◆ 誰にも知られず、心を預けられる相談先を探しているあなたへ

テレフォン人生相談のように、限られた時間の中で専門家の言葉を受け取る形が合う方もいれば、

「相談したこと自体が、どこかに伝わってしまうかもしれない」

その不安が先に立って、踏み出せない方もいらっしゃるかもしれません。

このブログでは、そうした気持ちを抱えたままでも選べる、誰にも知られず、心の内をそっと預けられる相談先もまとめています。

無理に利用する必要はありません。


ただ、自分に合う距離感の相談先が他にもあるということを、必要になったときに思い出していただければ十分です。

▶︎ 誰にも知られず、心を預けられる相談先を探しているあなたへ

◆ 言葉にしきれない思いを、静かに整理したいときに

誰かに直接相談するほどではないけれど、頭の中や胸の奥に、まだ整理しきれていない思いが残っている──そんなときもあるかもしれません。

「何が不安なのか」「どこで引っかかっているのか」それをはっきりさせるだけで、気持ちが少し落ち着くこともあります。

最近は、名前を明かさず、顔も出さず、今の状況や気持ちを言葉にするだけで、第三者の視点を受け取れるサービスもあります。

答えを決めてもらうためではなく、自分の気持ちを整理する“きっかけ”として、こうした選択肢があることも、そっと置いておきます。

▶︎ 今の気持ちを、静かに整理してみたい方へ


どの道を選んだとしても、それは “自分を大切にした証” だと思います。

またゆっくりとお会いできますように。

──悟(さとる)

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