テレフォン人生相談 2025年11月4日 火曜日
パーソナリティ: 今井通子
回答者: 樺沢紫苑(精神科医)

こんにちは、悟(さとる)です。
本日はテレフォン人生相談から、境界知能と診断された35歳の長女を、これ以上家で面倒を見るべきか悩む57歳の母のご相談です。
長女は出会い系サイトで知り合った男性と同棲を始めては、うまくいかず実家に戻ることを繰り返してきました。
今も遠く離れた土地で男性と暮らしながら、数カ月後には一人で実家に戻る予定だと言います。
しかし母は、長年のだらしない生活や金銭トラブルに振り回されてきたことで、正直なところ「もう帰ってきてほしくない」と感じています。
境界知能と軽い知的障害がある娘に、どこまで自立を求めてよいのか。
突き放したい思いと、親としての責任感の間で揺れる気持ちが、相談の背景にあります。
ここでは、相談内容を整理しながら、精神科医・樺沢紫苑先生の助言を通して、「境界知能」の特性と、家族としてどのように向き合っていけばよいのかを丁寧にたどっていきます。
家を出たり戻ったりする長女
相談者は57歳の女性です。
夫は58歳、32歳の次女と3人で暮らしています。

別に暮らしているのが、今回の相談の中心となる35歳の長女です。
長女は、これまで何度も出会い系サイトで知り合った男性のもとへ家を出ていき、そのたびに実家へ戻ってくるという生活を繰り返してきました。
今回も例外ではなく、約8カ月前に一度も会ったことのない男性と連絡を取り合い、突然家を出ていきました。
後から分かったことですが、その男性とは700キロほど離れた他県で暮らしています。
男性は双極性障害を抱えており、ほとんど家にいる生活を送っているといいます。
その一方で、長女は週に3〜4日、1日5時間ほど働き始めたとのことです。
とはいえ、これまでの経緯を知る母にとっては、「また同じことの繰り返しになるのではないか」という不安が消えません。
そんな折、長女からは「4カ月後に一人で実家に帰るつもりだ」という話が出ました。
母は、その言葉を聞いても素直に喜べず、むしろ胸の内には重たい感情が広がっていきます。
長年続いた、だらしない生活と親の負担
母が「もう帰ってきてほしくない」と感じる背景には、長年積み重なってきた日常の疲れがあります。
長女は小学校高学年から中学にかけて、ほとんど学校に行かない生活が続いていました。
家に引きこもりがちな日々の中で、スマートフォンにのめり込み、携帯料金が月に5万円、7万円と膨らんでいった時期もあります。
その費用はすべて親が支払ってきました。
家で一緒に暮らしていた頃も、生活ぶりは整っていたとは言い難いものです。
何も言わなければ部屋は散らかり放題になり、ゴミも片づけず、トイレを汚しても掃除をしない。
食事も自分の都合で好きなときに食べ、身だしなみを整えることにも無頓着です。
母が何度注意しても、指示された瞬間だけ動き、すぐに元に戻ってしまう、その繰り返しでした。

母は次第に、長女と一緒に外を歩くことすらためらうようになりました。
1週間お風呂に入らなくても平気な態度や、だらしない服装を見ていると、「正直、一緒に連れて歩きたくない」と感じてしまうのです。
今回もし長女が家に戻ってくれば、働かずにスマホを触り続け、家事もせず、携帯料金も親持ちという、以前と同じ生活に戻るのではないか。
そう考えると、母は「もうこれ以上、親として面倒を見ることはできない」と思わざるを得ません。
小5で告げられた「軽い知的障害」という診断
長女の生きづらさは、単なる性格や怠けではなく、もともとの特性とも深く結びついています。
不登校が続いていた頃、母は悩み続けた末に、思春期外来のある精神科を受診しました。
そこでは半日がかりの心理検査が行われ、後日、「軽い知的障害があります」と伝えられます。
小学校5年生の頃のことでした。
診断を受けても、家庭の中で長女への接し方が大きく変わったわけではありません。
学校生活や人間関係にうまくなじめないまま思春期を過ごし、大人になってからも仕事が長続きしない状況が続きました。
職場では仕事の覚えが遅く、ミスも多く、最終的にはいじめや嫌がらせを受けて辞めることが多かったといいます。

本人の性格はおとなしく、口数も少なく、暗い印象です。
一つのことに強く執着する傾向もあり、視野を広げたり気持ちを切り替えたりすることが苦手です。
こうした背景から、長女は自分一人の力で生活を組み立てていくことが難しく、誰かに頼らざるを得ない状態に置かれ続けてきました。
その頼り先が、時には親であり、時には同棲相手の男性であった、という構図が見えてきます。
母の本音「もう親の役目は終わりにしたい」
母は、長女を「困った娘」として見てきました。
出会い系サイトで知り合った男性のもとへふらりと行き、しばらくしてまた戻ってくる。
そのたびに生活の立て直しを親が引き受け、携帯料金や生活費を肩代わりする。
家の中では家事もせず、身の回りのことすら自分で整えない。
こうした積み重ねに、母は疲れ切っています。
今回も「4カ月後に実家へ戻るつもり」と聞いたとき、真っ先に浮かんだのは「またあの生活が始まる」という強い拒否感でした。
母が望んでいるのは、親元を離れ、長女自身が仕事を見つけて生活を築いていくことです。
実家に戻るのであれば、少なくとも働き、家にお金を入れ、携帯料金も自分で払ってほしい。
その条件を飲めないのであれば、もう家には戻ってきてほしくない、と心の中では思っています。
しかし、娘にそのままの言葉をぶつけてよいのかどうか、母には自信がありません。

親としての責任感と、これ以上振り回されたくないという思い。
その間で揺れ動きながら、「娘にどう伝えたらよいのか」を相談したのが今回の電話でした。
樺沢紫苑先生の見立て:境界知能というグレーゾーン
ここからは、精神科医・樺沢紫苑先生が話を引き継ぎます。
まず先生が確認したのは、父親の関わり方でした。
長女が家でダラダラ過ごし、携帯料金も親持ちという状況について、父はどう考えているのか。
母の言葉によれば、父は「帰ってくるなら帰ってくればいい」とだけ言い、普段から娘の生活態度について注意したり口を出したりすることはほとんどありません。
長年、ほぼ無関心な姿勢を続けてきたのです。
そのうえで先生は、長女に「軽い知的障害」があると告げられた過去に注目し、最近よく話題になる「境界知能」という概念を丁寧に説明していきます。
境界知能とは、知的障害とまでは診断されないものの、いわゆる「普通」とされる人たちと比べると知的能力がかなり低い状態を指します。
学校の勉強についていくのが難しく、友人関係を築くことや、状況を理解して柔軟に対応することも苦手です。
本人の実感は大人であっても、能力の面では小学生から中学生くらいで止まってしまっていることも多く、対人関係や仕事の場面でさまざまなつまずきを抱えます。
先生は、長女について「大人の年齢ではあるけれど、能力的には小学生から中学生ぐらいのイメージで捉えてほしい」と説明しました。
母もそれを聞いて「その通りです」と強くうなずきます。
一人で生きていくことが難しいからこその「依存」
境界知能の人が社会に出ると、周囲と同じペースで仕事を覚えたり、複雑な人間関係の中で自分を守ったりすることが難しくなっていきます。
その結果として、仕事が長続きせず、職場でいじめや嫌がらせの対象になってしまうことも少なくありません。

最低限のルールや段取りを覚えるのにも人一倍時間がかかり、ミスを重ねてしまうからです。
長女が何度も職場を辞めてきた経緯には、こうした特性が影響している可能性があります。
一人暮らしをするにも、金銭管理や生活リズムの調整、身の回りの衛生管理など、多くの「小さな段取り」が必要になります。
能力が追いつかないまま大人になった場合、それらを一手に引き受けて自立するのは、現実的には非常にハードルが高いと言えます。
先生は、そのような状況にある人が「誰かに頼らざるを得なくなる」構図を説明します。
自分一人では生活を組み立てられないため、親に頼るか、パートナーに頼るか、そのどちらかを選ばざるを得ない。
その結果として、長女は親元に戻ったり、出会い系で知り合った男性のもとへ身を寄せたりする生き方になっているのではないか、という視点です。
「35歳なんだからちゃんとしなさい」は届かない
母は、長女に対して「もう35歳なのだから、一人前として自立してほしい」と願っています。
しかし先生は、その期待のかけ方自体が、長女の特性に合っていない可能性を指摘します。
境界知能の特性を持つ人に、「大人として当たり前の責任を果たしなさい」と言葉だけで求めても、その意味が十分に理解されず、具体的な行動につながらないことが多いからです。
先生は「35歳だから一人前という前提ではなく、小学生にも分かるように説明していく必要がある」と話します。
例えば、お金の管理であれば「毎月この金額は携帯料金に使う」「これ以上使ったら翌月はこのような影響が出る」という形で、丁寧に、具体的に、段階を追って伝えていく工夫が必要になります。
小学生でも、お小遣いを通じてお金の使い方を学ぶことがあります。
同じように、長女にもわかるレベルまで噛み砕きながら、「これだけは守る」という最低限のルールを一緒に作り、繰り返し確認していくことが大切だと先生は説明します。
親の「支えすぎ」も問題になる
一方で、長女の生活がここまで親頼みになってしまった背景には、親側の関わり方も影響しています。
携帯料金が高額になっても、その都度親が支払いを肩代わりしてきたこと。

家にいる間は、娘が何もせずとも生活が回るように、家事や身の回りの世話を母が担ってきたこと。
先生は「親が支えてあげること自体は大切ですが、何でも代わりにやってしまうと、娘さんの側に『学ぶ機会』が育ちにくくなる」と静かに指摘します。
今後もし長女が家に戻るのであれば、約束を守れなかった場合には、携帯を止める、あるいは一時的に預かるなど、具体的な対応をとる必要があると先生は説明します。
これは、罰として厳しくするというよりも、「できること・できないことの境界線」を娘にも自分たちにもはっきり示していくための工夫です。
親がなんとなく我慢して支払い続けてしまうと、その構図が固定化され、娘が自分の行動と結果のつながりを実感しにくくなってしまいます。
父親の無関心と、夫婦で話し合う必要性
相談の中で、特に目立っていたのが父親の姿勢でした。
母が娘に対して比較的厳しい条件を示そうとしているのに対し、父親は「帰ってくるなら帰ってくればいい」とだけ言い、生活態度や金銭面について具体的な意見を持っていません。
長女のこれまでの行動にも深く関わらず、注意することもほとんどなかったようです。
先生は、この親の姿勢の違いが、長女の「甘えどころ」をつくってしまう危険性を指摘します。
母が厳しい姿勢を示しても、父が「まあいいだろう」と受け入れてしまえば、長女はどちらか緩い方に寄りかかろうとするでしょう。
その結果、親子ともに「変えたい」と思っているはずの生活パターンが、結果的に温存されてしまうことになります。
今回の相談は、実は長女だけでなく、夫婦の向き合い方そのものにも大きく関わる問題だと先生は整理します。

今後の長女の生き方をどう支え、どこで線を引くのか。
その方針を、まず夫婦で真剣に話し合う必要があると伝えました。
戻ってくるなら、どんな「条件」を整えるか
では、もし長女が予定通り実家に戻ってきたとき、どのような条件や環境を用意すべきなのでしょうか。
先生は、「成人だから」と一般的な基準を押しつけるのではなく、長女の能力に合わせた段階的な目標を一緒に決めていくことが大切だと説明します。
例えば、いきなりフルタイムで働き、家賃相当額や生活費をしっかり入れることを求めるのではなく、今のパート勤務を続けながら、少額でも毎月決まった金額を家に入れる習慣をつくる。
携帯料金も、全額とはいかなくても、一部だけでも自分で負担するようにしていく。
そうした「小さいけれど具体的なハードル」を設定し、それを守れたときには評価し、守れなかったときには携帯を止めるなどの対応を現実に行っていく。
この繰り返しの中で、長女なりの自立の形を少しずつ探っていくイメージです。
同時に、母一人で背負い込まず、父も含めて家庭内で役割分担を考えていくことが求められます。
専門機関や福祉サービスへのつながりを検討する
今回の放送の中では、主に家族としての関わり方が語られましたが、境界知能や軽い知的障害を抱えた人にとって、地域の福祉サービスや専門機関とつながることも重要な支えとなります。
知的障害や境界知能の程度によっては、障害者手帳の取得や就労支援、生活訓練など、利用できる制度が存在する場合があります。
本人と家族だけで抱え込むのではなく、市区町村の福祉課や相談支援事業所、精神科などに改めて相談することで、第三者のサポートを受けながら生活を整えていく道も開けてきます。
先生の助言の根底には、「境界知能の人が一人で生きていくのは難しい」という現実を正面から受けとめたうえで、「では、誰の力をどのように借りながら生きていくか」を一緒に考えていく必要がある、という視点が流れていました。
まとめ
今回の相談から浮かび上がるテーマは、「境界知能の家族を、どのような距離感で支えていくか」ということでした。
表面的には、だらしない生活を送る35歳の娘に、母が「もう面倒を見きれない」と疲れ切っている話に見えます。

しかし、その背景には、幼い頃から続いてきた生きづらさと、境界知能というグレーゾーンの特性がありました。
境界知能の人は、年齢だけを見れば立派な大人でも、理解力や判断力の面では小学生から中学生程度にとどまることがあります。
そのため、「普通の35歳ならできるはず」という前提で接すると、本人は求められていることが理解できず、親は「なぜできないのか」と怒りや失望を募らせてしまいます。
今回の相談では、母の側に「もう親の役目は終わりにしたい」という切実な思いがありながらも、実際には生活費を出し続け、携帯料金も肩代わりしてきたという現実がありました。
支えすぎと突き放しの両方が同居している、そのゆらぎが、親子ともに苦しさを深めていたとも言えます。
精神科医の樺沢紫苑先生は、そうした状況に対して、次のような方向性を示しました。
長女の能力を「小学生から中学生くらい」と見立て、分かりやすい言葉と具体的な約束で関わっていくこと。
守れなかったときには現実的な対応を取り、守れたときには評価を積み重ねること。
そして、母一人が厳しさを担い、父が無関心でいるのではなく、夫婦で話し合い、同じ方向を向いて長女を支えていくこと。
境界知能や軽い知的障害を抱える人にとって、「自分一人で生きていくこと」は時に現実的ではありません。
だからこそ、「誰かに頼らざるを得ない」という現実を否定するのではなく、「どのような形で頼り、どこに線を引くのか」を家族とともに考えていくことが大切になります。

今回の相談は、境界知能というテーマを通じて、「普通扱い」の裏側にある厳しさと、能力に合った支え方を模索する難しさを静かに教えてくれる回でした。
放送はこちらから視聴できます
今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
人生に正解はありませんが 、誰かの悩みを知ることで、自分の心が少し楽になったり、新しい考え方に気づけることもあります。
このブログが、読んでくださった方の「明日を生きるヒント」になれば幸いです。
またぜひ遊びに来てくださいね。
以上、悟(さとる)でした。


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